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『これができたらノーベル賞』(書評)

 ノーベル賞は世界最高の栄誉とされ、科学者なら誰でも一度は受賞を夢見る。 受験浪人中であった1981年の秋、夕方のニュース番組のトップニュースで福井謙一博士のノーベル化学賞決定のニュースを報じた場面は、今でも脳裏に焼きついている。日本人としては、湯川秀樹博士をはじめ 経済学賞以外の全ての分野で計24人が受賞している。

 さて、2015年10月初旬、梶田隆章氏(物理学賞)と大村智氏(生理学・医学賞)の2名の日本人の受賞が伝えられたが、その歓喜も冷めやらぬ10月下旬に、本書が発刊となった。近年、メディアの取り上げ方が大衆的になり、結果として日本人のノーベル賞に対する親しみは増したが、依然として一般人、いや一般のプロの科学者にとっても無縁の、雲の上の賞であることに変わりはない。これに対し、本書は、アイディアと行動力があれば、少なくとも「ノーベル賞級の」発明・発見をする夢が広がることを、わかりやすく、時折ジョークも交えながら読者にうったえる。本書全体は大きく、生命編、宇宙編、エネルギー編、生活編という4つの章からなる。各章において各々数件の発明・発見などの研究テーマが(科学分野の)「ノーベル賞候補」として紹介され、その実現方法や難易度、予算などにも、こちらもジョークを交えながら言及している。

 ところで、これらの「ノーベル賞候補」は、これが実現できれば、あるいは発見されればノーベル賞候補だと、著者が考え、あるいは空想するものであり、なかには、「ライオンやドラゴンと住む」のように、果たしてノーベル賞の対象になるだろうか?と怪しくなる楽しい「候補」もある。このファンタスティックな感じは、アニメに登場するような白衣の可愛い男女の研究者とロボットやドラゴンが散りばめられた表紙のデザインにも表れている。しかし、一方、重力波や反物質、核融合など、ある程度の科学知識があってはじめて「楽しめる」硬派な候補も多数含まれ、本書全体としては、さしずめ、大人向けの科学空想エッセイ集といったところか。勿論、実際の科学研究は、いきなり本書に示すようなわかりやすい大きな単位で行われることはなく、それを可能にする個々の基礎研究から地道に積み上げていく。また、ノーベル賞に選定される研究内容は、各分野の研究動向や需要、政治的な要素などの強い影響を受けるともいわれる。しかし、授賞対象の範囲は以外に広く、高尚な基礎科学のブレイクスルーのみならず、それらの実現に寄与した実験装置や実験手法の発明、あるいは、科学的知見の実用化技術にまで及ぶ。これもひとえに、アルフレッド・ノーベル自身が遺言書に残した「(自分の財産基金の利子を)人類のための最大の貢献をした人達に分配されるべし」という、意外に大雑把な?授与基準のもたらした福徳であろう。この福徳にあやかり、本書の各「候補」も時代の支持を受けて十分な受賞候補となり得るのではないか。

著者は、物体の画像情報から、それを細かい多面体で表した形状とその展開図を生成するという極めてユニークな研究で博士号を取得し、これをペーパークラフトに応用した研究成果が文化庁メディア芸術祭の審査委員会で選奨されるなど、ポテンシャルの高い研究で知られる情報科学者である。学生時代に起業したITベンチャーを経営し、大学講師も務め、さらにSF作家としても数多くの作品で名を馳せている。硬派な科学知識とファンタジーを美味しく料理できるのは、このような面白いバックグラウンドに起因するのかもしれぬ。

本書は最後に、人々を愉快にさせ夢を馳せる科学技術こそが明るい未来に相応しい、と結ぶ。実際、科学研究で成果を上げるのはとても夢のあることだが、同時に、夢がなければ遂行できない過酷なものでもある。本書は、明るくテンポのある文体で、読者を科学の現実と空想の世界にいざなう。そこでは、過酷さを忘れるほどの科学研究のモチベーションを得るには「ノーベル賞級の」夢を要すると知るであろう。


浅居 正充

URLhttp://www.waka.kindai.ac.jp/tea/asai/
所属:近畿大学
部署:生物理工学部 システム生命科学科
職名:教授
学位:博士(工学)(大阪府立大学)

その他の所属
公益財団法人輻射科学研究会, 日本ヘリカルサイエンス学会, 京都大学工学部